なにやってんの私【幸せになることが最高の復讐】
帰り際、化粧室によって化粧を直す。酔いをさますためにも少し涼しいところに行ったほうがいい。
しばらくして片桐さんも入ってきて、パウダールームでリップを塗っていた。
黒いタイトなV字のノースリーブワンピはスタイルが良くなければ着こなせない。
私とはだいぶ違う。
どんなに頑張っても、片桐さんみたいにはなれない。
ミラー越しにちらちら見てたら視線がぶつかって、にっこり微笑まれたその顔も綺麗で素敵すぎて、自分の顔を見るのが嫌になる。
「あ、あの...」
挨拶くらいしなきゃって思って振り反って声をかければ、そこで携帯電話の着信音が会話を遮る。
片手を上げて『ちょっと待って』と言うと、画面の番号を確認して電話に出た。フランス語で。
住む世界が違う。
そう感じた。
「ごめんなさい。何かしら?」
電話が終わるとすぐに向き直って、私の言葉を待っている。
「いえ、その、大したことではないんですが、ありがとうございましたってお礼を...」
「それは違うわ。お礼を言われることはしていないわよ。ふふ、面白い方ね。だからなのかしら?」
最後のところは意味が分からなかったけど、はっきり言うところに少しグサッとくる。でも、嫌みじゃないのは分かる。だって、その笑顔は自然だったから。
「夏菜さん、そんな悲しそうな顔をしないで。最初に私が言ったことを気にしているんだとしたら、そんなこと気にしなくていいのよ。そういう意味じゃないから。ただの挨拶よ」
パチンとポーチを閉じると、『行きましょう』と言って、化粧室を後にする。
もちろん遅れをとらないように私も足早に着いていく。
「いつもだとこの後は部屋で飲み直すんだけど、あなた明日早いんですってね」
「はい。朝から仕事で。すみません」
「謝らなくていいのよ。悪いことしてないんだから」
キョトーンとした顔で不思議そうにしている片桐さんはまだ日本に慣れていないのかなって思うと可愛くて、自然と笑顔になった。