なにやってんの私【幸せになることが最高の復讐】
マスターはマスターで嬉しそうに顔をぶんぶん上下に振りながら、婚約成立だな。とか言ってて、まだ指輪も用意してないのに成立するかよ! なぁ? ってふられて、そんなものいらないですっ! って本気で言って、笑われて。
でもね、そんな会話のやりとりが楽しかった。
本当に幸せだなって、そう思った。
結局ゴールデンウィークはどこも行かず二人で甘い時間を過ごすことにした。一日中パジャマで家にいて映画を観たり、お腹が空いたら部屋についてるキッチンで一緒に料理をしたり、ヨガの話をしたり、萩原さんの仕事の話を少しだけ聞いたりして過ごした。
海沿いのレストランで食事をして、帰りにドライブがてら夜景を見に行って、二人でずっと見てたりして、私たちの距離はぐっと近付いてカチっと鍵がかかったような気がしてた。
でも、そんなのも長くは続かなくて...
私は結局...
それから、私たちは頻繁にマスターのところへ行くようになった。食事もお酒もここで済ますようになると、マスターも気を使うのか、他のところにも連れてってやれとか萩原さんに言ったりして、そんな雰囲気も楽しかった。
「ごちそうさま、美味しかったわ」
私たちの真後ろから低い声が聞こえて、話が遮られた。いつの間にかそこには女性が1人いて、
「おひさしぶりね、元気そうで良かった」
「...京子」
重なってる手に力が入って、萩原さんが動揺しているのが分かった。
細身の身体は黒いロングワンピースに包まれていて、触り心地のよさそうなショールをして、ゆるく巻かれた黒髪は胸下まである。
色気のありすぎるミドルエイジの女性が腕を胸の前で女性らしく組みながら、にこやかに見下ろしていた。
「随分変わったわね、見違えた」
「なんでここに? 確か...」
「こちら、彼女?」
「...そう」
「あらそうなの。野々宮です」
「あ...秋川です」
「かわいい方ね。私、萩原が高校生の頃から知ってるのよ」
なぜかそれを聞いてほっとして、野々宮さんはたぶん40歳くらいだと思うから、萩原さんのことが好きだとかそういうんじゃないんだって思って。
「連絡して」
萩原さんの肩に手を回して、耳元で、私に聞こえるようにそう言った。
背筋がざわつき、嫌な予感がした。この嫌な予感は前にもあった。
同じだ。あのときの感覚と同じ。
「電話番号は変わってないわ」
身体中が痺れた。血液が身体中をすごい早さで回ってる。心臓がドキドキして頭に血が上った。
『電話番号は変わってないわ』と言うとき、萩原さんの耳元で、すごく近くで言ってるのに、目は笑いながら私を捉えていたから。
怖い。この人、怖い。
直感でそう思った。