狡猾な王子様
「こんにちは」


ドアをゆっくりと開けると、調理場にいた英二さんが私の方を見て微笑んだ。


「冬実ちゃん、こんにちは」


その表情は今までのものとなんら変わりはなくて、反してやり場のない感情に振り回されている自分自身が嫌になる。


そんな気持ちを隠しながら努めて“普通の笑み”を繕ったけど、振られたあとに上手くなったと思っていた作り笑顔は情けないものになってしまったような気がした。


「今日はよく冷えるね」


「そうですね」


「冬実ちゃん、耳が真っ赤だよ」


心配混じりの苦笑を浮かべた英二さんに、「真冬ですから」と微笑を返す。


なかなか店内に入る気になれなかった、なんて言えるはずのない私には、それが精一杯の切り返しだったのだ。


「これで温まって行って」


「……ありがとうございます」


お礼が一呼吸遅れてしまったのは、最近は紅茶を出して貰う前に帰っていたから。


それでもこうして出して貰った以上は断れなくて、戸惑いながらも微笑んだ。

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