狡猾な王子様
ここに来た時は笑えないと思っていたから、今は自然と笑顔になっていることが信じられなかった。


英二さんの態度はずっと今まで通りだったけど、彼は配達の度に逃げるように立ち去っていた最近の私の様子に気づいていたはず。


だから、まるで先手を取るようにホットショコラを出された時は、ありがたいと感じる前に戸惑ってしまったけど……。


今はあんなにも憂鬱だった数十分前のことが嘘のように楽しんでいる私がいて、その時に感じていた戸惑いも消えつつある。


英二さんの笑顔ひとつで簡単に流されてしまう単純な自分自身をバカだと思うのに、喜びを感じて弾む心を隠せそうにない。


「冬実ちゃんのお陰で、なんとかホットショコラが出せそうだよ。ありがとう。今度なにかお礼するね」


「お礼なんて……。いつも紅茶をご馳走になってるので、充分ですから」


帰り際、笑顔の英二さんにそんな風に返したのは本心だったつもりだけど、心のどこかではその“なにか”に期待しているずるい私がいた──。

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