狡猾な王子様
歩いていた佐武さんは、私の声に肩を小さく強張らせたように見えた。


「なにか用?」


泣いているのではないかと躊躇ってしまった私に、程なくして冷たい声音が返ってきた。


ただ、その口調はいつもよりも力がなくて、彼女が振り返らないことがそれを強調しているような気がした。


「あの……」


どうしよう、と悩まなかったわけではない。


だって、今さらわざわざ言う必要なんてないのだから。


それでも、佐武さんが言うようにもう会うことがないのなら、最後くらいはきちんと向き合っておかなければ後悔すると思ったのだ。


「なに?……今日はあまり時間がないの」


「すみません……。でも、どうしてもひとつだけ伝えておきたいことがあって」


相変わらず振り返ってはくれない彼女の顔を見てはいけないことを察して、これ以上は足を進めることができなかったけど……。


「私、英二さんのことが好きです」


小さな深呼吸をしたあと、勇気を出して口を開き、ひとつひとつの文字を大切に紡いだ。

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