狡猾な王子様
完全に冷静さを欠いてしまっている私に、もうなにかを考える程の余裕はない。


頭の中が掻き混ぜられたようにグチャグチャで、逃げ出したいのに足が動かなくて……。


ほんの少しでも気を抜いてしまえば、今すぐにでも泣けるような気がする。


それでも、なんとか逃げ道を探すつもりだった。


それなのに……。


私は何を思ったのか、顔を上げてしまった。


直後、私を見つめていたらしい英二さんと、当たり前のように目が合う。


驚いて自然と息を止めてしまい、慌てて視線を逃がそうとしたけど……。


「ありがとう」


英二さんは、なぜかとても優しく微笑みながらそんな風に言った。


え……?


え、えっ……?


聞き間違いなんじゃないか、と思った。


だけど……。


そんな私に、英二さんは相変わらず微笑んだままで口を開く。


「ありがとう、嬉しいよ」


そして、さっきよりもさらに優しい声音で、まったく同じことを言ってくれたのだった。

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