満月の人魚
瑠璃ははっと息をのんだ。

丈瑠の表情から、今が急を要する事態だと察せられる。

瑠璃も丈瑠の顔をじっと見つめ返す。

それは決して思い付きや軽はずみな気持ちで言っているのではなく、しっかりとした強い意志を感じるものだった。

瑠璃は慎重に言葉を返す。

「……天野の家を出て…それからどうするの?」

「俺達の故郷であるN県に帰ろう。みんな待ってる。」

元々そのつもりでこっちに来たんだし、と続ける丈瑠は、瑠璃を安心させるように軽く微笑んだ後、故郷に思いを馳せているのか、空を振り仰いでみせる。

“N県”記憶は欠落しているが、瑠璃が以前丈瑠達と共に暮らしていた場所ー

強い風に吹かれて流れる速度の速い雲が、瑠璃に世界はここだけではないのだと告げているようだった。

このまま天野にいても、零士と結婚させられて一生を奪われるー

瑠璃の脳裏に威圧的な瞳を湛えた父の姿が思い起こされた。

瑠璃は意を決して頷いた。

「わかったわ。丈瑠、私をN県に連れていって。」
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