ロリポップ
 部屋の中が暖かくなってきて、緊張も少し和らぐ。

 ソファーの向かいの一人がけの椅子に座って、恩田君はさっきから何も言わない。

 
 何か話題を・・・と思うけれど、肝心の話題が残念なほどに思い浮かばない。


「逢沢さん」


 話題探しをしていた私の前の、ローテーブルの上にマグカップを置きながら、恩田君が口を開いた。


「はい・・・」


 緊張してるせいで、ココアを飲んでいるはずなのに喉はカラカラで、返事をした声も微妙に掠れていた。


「そんなに緊張しないで下さい。僕の緊張が伝染したのかな?」


 小首をかしげる恩田君は、悪魔的に可愛すぎた。
 
 いえ・・・伝染とかってレベルは当に過ぎてます。

 寧ろ、隔離レベルかと・・・・・。


「部屋に来てもらったのはゆっくり話したかったんです。あそこからだったら僕のマンションのほうが近かったし」

 なんだ・・・そうだったのか、と力が抜ける。


「話って・・・?」



「・・・・・逢沢さんはお酒を飲んだほうが素直ですよね。泥酔時は本当に心の中が透けて見えるくらいの素直さで、正直、どうしようと思いましたけど」


「え・・・」


 心が透けて見える?


「私、酔うと何かまずい事してるって事?」


 不安が一気に膨らむ。
 記憶がないというのが不安を増長する。


「いえ、全然まずい事なんてありませんよ?可愛すぎて困るってくらいです」


「はい!?」


 動揺のあまりひっくり返った声。


「ああ、憶えてないんですよね。あの時、僕に色々と話したこと。あの時に、逢沢さんのイメージが180度変わりました。ずっと、綺麗だけど冷たい感じの人だと思っていたんです。だから、泣きながら僕に失恋の話をする逢沢さんは、別人のようで驚いたけど可愛くて堪らなかった」


 そこまで言って、私をじっと見つめる瞳はいつかの晩のように少し潤んでいるように見えた。

 全く記憶にないことを後悔した事はあったけれど、憶えていなくて良かったと思ったのは初めてかも・・・・・。

 失恋話を泣きながら、しかも、始めて飲んだ後輩の男性社員にするって・・・引くわ。思いっきり。


「・・・・・私ならドン引きだけど」


「ははは、でも僕は可愛いと思いましたよ?泣きながら、一生懸命に別れを受け止めようと強がっているのが。切ないくらい可愛くて仕方なかったから、抱きしめて寝ました。僕も酔っていたんでしょうね、目が覚めて、逢沢さんが見上げている事に気が付いた時には、思いっきり動揺してましたから」


 だから、目が覚めた時に恩田君の腕の中にいたんだ。

 私があまりにも泣くから抱きしめてくれたのかもしれない。

 飲みすぎてむくんでいただけじゃなかったんだ、あの日のひどい顔は。


「それならそうと言ってくれればよかったのに」


 拗ねるように呟くと、もったいなくて言えませんよ、と恩田君が悪戯っぽく笑った。


 
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