先天性マイノリティ
「ねえ、どうしたの。なんか魂抜けてるよ?」
使い棄てカメラのフラッシュを焚いたときのような目眩と共に我に還る。
右手にレジのバーコードを詠み取る機械を握り締め、俺はコンビニエンスストアの店頭に立っていた。
頭の中の引き出しが派手な音を立てて一斉に閉まり、多種多様な色、形をした思い出がランダムにしまわれる。
…いけない、バイト中なのも忘れて耽っていた。
左胸に「サクラレイジ」という名札をぶら下げている俺に固有名詞はない。
二十六歳にもなって定職にも就けないフリーター。
今の俺の名称なんて、それで充分だ。
取り繕うことの一切ない「ゼロジ」は、ここにはいない。
「サクラくんって天然だよね、面白い」
「いや、スンマセン…ちょっと考えごとしてて」
「えーなに、そんなに思い詰めるなんて。彼女?」
パートのハラダさんの問いに、曖昧に笑ったふりをして誤魔化す。
…俺は自分のこういうところが大嫌いだ。
さらりと嘘を吐けるスルースキルもなく、ストーリーを捏造するようなロマンティックさも持ち合わせていない。
いつまで経っても社会に溶け込みきれない不適合者。
取り柄も無く誇れるところなんてひとつもない、全くつまらない男だ。
コウがいなくなった今、俺は古代の化石にでもなったようなつもりで毎日を生きるしかない。
真っ暗な深海の底に沈んで、ただひたすらにじっと身を潜めて懐古する。
優しい日々を反復し、壊れたヴォイスレコーダーのようにコウの名を呼び続ける。
おかしなことに、心は死んでいるのに躰はとても元気に振る舞う。
…苦しい、哀しい。
記憶だけでは持たない。
一秒だって…忘れられはしない。