ほのかハイスクールグラフィティ

(2)

 それはわたしが中学三年の秋だから、半年ほど前の出来事だ。
 その頃わたしは宝来中学校の陸上部に属していた。
 その日は学校の創立記念ということもあり、部活は休みだったので、自主練習でジョギングの真っ最中だった。
 宝来中学校に向かう途中に橋があり、その下を細い川が流れている。
 橋の名前が宝橋。川の名前は宝来川だ。
 宝橋に差し掛かった時に下の方から、キャン、キャンと犬の鳴き声が聞こえたのでわたしは足を止めた。
 下を覗き込んでみると、川の上流、つまり西側、つまり、高校に向かって右側から、下流に向かって一匹の子犬が流されていた。
 まだ生まれてそれほど、経っていないのだろう。
 泳ぎが得意そうでない子犬は必死で犬掻きしているものの、明らかに身体が衰弱している様子だった。
(た、大変。す、直ぐに助けなくちゃ)
 大慌てで橋の欄干を降りる。
 ふだん、降りて川面を見る時には短く感じる、川岸へ続くコンクリートの階段がその時のわたしにはもどかしかった。
 川岸まで降り、短パンとTシャツそのままのスタイルで、わたしは川に飛び込んだのだった――
「あの時は本当に助かったよ。君は僕の大切なペット、太郎の命の恩人だ。君の話だったら、聞かないわけにはいかないな。何だい?」
 わたしはその時、もうすでに彼への恋心はスッと胸の中から消えていた。 
 さっきの緒形の冷たい言葉がわたしの脳裏でリフレインしている。
 わたしが彼の犬を助けた人だと解ったとたん、態度がコロッと変わった事にも不信感が宿る。
 思考から解放されたわたしはようやく口を開いた。
「あのワンちゃん、太郎君って言うんですね。あれから元気ですか?」
 一瞬、目が点になった緒形は後輩の前だという意識もあるのだろう、直ぐにキリッとした真顔になって、
「あ、ああ。もちろん元気だよ」
「そうですか?それは良かったです。聞きたかったのはそれだけですから。じゃあ、いこ!愛海」
「う、うん、解った。じゃあ……」
 イマイチ、首を傾げながら、釈然としない緒形から離れ、一緒に来てくれた愛海を引っ張って、わたしは校舎に向けて歩き出した。
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