Hair cuts
「あ、愛華ぁああ!」

浩人は慌てて愛華を抱きとめた。

糸の切れた操り人形みたいに崩れ落ちる愛華の首からは鮮血がほとばしり、浩人の顔を真っ赤に染めた。浩人は夢中で傷口を押さえた。愛華の顔はみるみる青ざめ血色を失った。体はだらりとして、目はうつろだった。口は水辺に打ち上げられた魚みたいにぱくぱくとして、そのたびに、ひゅーっと風を切るような音が愛華の傷口から聞こえてきた。浩人が必死で傷口を押さえても、血は、まるで噴水のように噴出してくる。地獄だった。

「愛華、愛華!!」

浩人は叫び、泣き顔で俺の方を見た。俺は、そこでようやく体が動き、血とシャンプーでするする滑る床の上を這うようにして助けを呼びに行った。

店を飛び出す寸前、(これで、よかった)と囁く愛華の声を聞いた気がする。

ようやく隣人に助けを求め、戻ってくると、浩人と愛華は重なるようにして倒れていた。浩人の首からも大量の血。愛華の血と、浩人の血が混ざり合って、大きな血の池ができていて、その中で二人は抱き合っていた。

傍らには、赤黒く変色した親父さんの形見のレザー。

浩人の顔も愛華の顔も真冬の雪のように真っ白だったが、二人とも幸福そうに微笑んでいたのが忘れなれない。

これが、俺の見た全てだ。
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