Hair cuts
初めてジルと出会ったのは私が、今の職場に移って三年目の、二十五歳の頃だった。その時、ジルはまだ二十歳で、前に組んでいたこてこてのビジュアル系バンドのボーカルで、三枚目のCD(結局、それが最後のCDになった)のジャケット撮影のために私は呼ばれたのだ。

撮影の翌日には、ジルは私の部屋にいた。

「一緒に上京した彼女に男ができちゃって、俺、追い出されたんだ」

屈託の無い笑顔をしたジルの肩には大きなースポーツバックがかけられていた。化粧をしていないジルの顔は実年齢よりずっと幼かった。

「どうして私の家を知ってるの?」

「シンコさんから教えてもらったんだ」

ジルは、こともなさげに言った。

シンコさんというのは、私の上司だ。いくつかの美容室やサロンを経営しており、時には美容師たちをモデルや大物芸能人のもとへスタイリストとして派遣する。大手芸能事務所の社長をいとこに、都会議員を叔父に持つやり手の女社長。髪の毛を緑色に染めていて濃い化粧をし、痩せすぎた体にいつもピンク色の服を着ている。本当の年齢は誰もわからない。けれど、ゆうに六十は越えているだろうと言う事は、顔に刻まれた深いシワが物語っていた。

「シンコさんがね、さくらさんは前の彼氏と別れてからずっと独り身だから、そこへ行けばいいって。食べるのには困らないだろうからって」

ジルは、上目遣いに私の反応を確かめた。

確かに、私は二年前に恋人と別れてからずっと一人だった。それに、実家が農家なので、米や野菜や果物は定期的に送られてくる。だから食うには困らないという表現は間違ってはいない。けど、だからと言って昨日会ったばかりの男の子を養う義務はないと思った。
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