魅惑の果実
寝室や書斎、全ての部屋を見て回った。


懐かしみ、思い出にふけっていると時間が経つのはあっという間。


気付けばここに来て二時間が過ぎていた。


ふと、鏡に映った自分の顔を見ると、酷い顔をしていた。


赤くなった目と鼻。


涙で崩れた化粧。


ダメ……こんなんじゃ桐生さんに会うなんて無理……。


心を見透かされてしまう。


鞄の中から手帳を取り出し、メモ紙を一枚破り取った。


自分が最悪な事をしようとしてるのは分かってる。


でも、やっぱり会えない……。


紙にペンを走らせた。


“桐生さんへ

大切な人が出来ました。だからもう会えません。一方的にごめんなさい。さようなら……。

美月”


手紙の横に鍵を置いて、リビングを出た。


靴を履いて玄関のドアの前で立ち止まった。


ここを出たら本当にサヨナラだ。


今すぐリビングに引き返して、何事もなかったかの様に桐生さんの帰りを待っていたい。


子供ができたんだよって言ってしまいたい。


涙と一緒に漏れそうになる声を我慢して、ドアノブを捻った。


外に一歩踏み出す事がこんなに辛いなんて……もう、こんな思いはしたくない。





< 345 / 423 >

この作品をシェア

pagetop