魅惑の果実
止まらない涙を隠す様に、俯いてマンションのエントランスを通り過ぎた。


エントランスを出て隠れられそうな場所に身を隠した。


直接会えないけど、顔だけでも見たい。


久しぶりに見る桐生さんはきっと変わらずカッコイイだろうな。


物陰に隠れて数十分が過ぎた。


コートを着て、手袋を着けて、ちゃんと防寒はしてるけどやっぱり寒い。


雨とか雪が降ってないだけマシかな。


車が近づく音がして、心臓がドキドキし始めた。


通り過ぎた車は良く知る車だった。


桐生さんだ……。


溢れる涙を乱暴に拭った。


しっかり見てたい。


エントランスの前で車が止まり、蓮見さんが運転席から降りてきた。


そして後部座席のドアを開くと、桐生さんがしなやかな動きで降りてきた。


今日も髪型や服装に一切の乱れはない。


完璧な桐生さんの姿。


もう見る事のない大好きな人。


桐生さんがマンションのエントランスに入って行くと、蓮見さんの運転する車はいつも通り駐車場の方へ行ってしまった。


桐生さんの姿が見えなくなり、我慢していた涙が情けない程零れ落ちていく。



「弱虫で、ごめ……なさ……っ、意気地っ、無しでごめん……なさ、い……っ」



私はしゃがみ込んだまま、暫くその場から離れる事ができなかった。





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