掌編小説集

690.黄金株は一日の長を気取り大黒柱である秘仏を衛視する

そろそろ終わる頃かと思って
出迎えに行けば酷く驚いた顔

迎えの約束なんてしていないと言われたけれど
約束なんてしていなくても迎えくらい来ますよ

私が祓い屋になった理由は特に無い
窶れて辞めたいと思ったことも無い

強いて言うなら彼が祓い屋を生業にしていたからかもしれない
誘われて傍に居たくて彼の為に祓い屋になったのかもしれない

遊び駒を活用し浮き駒に手ありの邪魔駒を弾き出して
離れ駒を引き寄せ不動駒をくすねて死に駒を虜にする

一樹の陰一河の流れも他生の縁でも祓うのは仕事で妖とは対等
彼から私への暗号資産ほどの手解きから私から彼へは温故知新

憎むことが戒めであり警策であるから決して馴れ合わない
世代交代の目安には刺客や賂(まいない)の拍子木が伴う

のらりくらりと嘘を信じ込ませることは得意だけれど
いざ真の本当を信じてもらうことは不得意で滅法弱い

本当のことを言っても端から信じてもらえないなら
最初から嘘でも嘘から出た実でも構わないと諦めて

相手によって態度を変えているのではなく
相手に合わせて態度を変化させているだけ

見る方向によっていくらでも別人に見えてしまうのは
囮となり相手の罠に嵌まらなければ誘き出せないから

人から信じてもらえないから人を信じなくなって
けれど信じてもらって初めて信じることが出来る

縁を作って掟を守って契を引き渡して後はよろしくしよしと託せる人がいるから
見えなくなって先駆けて廃業に追い込まれても報復に怯えずに千切って散蒔こう

彼が祓い屋でいる限り祓い屋は私の天職だから私にその能力があって良かった
実証実験のような獅子奮迅の能力提供の対価を頂けるとしたら彼が居ればいい

私が彼を好きでも彼から私と同じ気持ちが返ってくるとは限らないと分かっている
一門の為にヒトリで全てを背負う当主の彼は私の想いには応えられないだろうから

破る可能性があるような約束なんてものは彼とはしたくなくて
そのように決めたということだけは格言的に決まっているから

彼と約束なんてしないし彼と約束などしていなくても
私は彼の傍に居ますからと彼の緊張をほぐすかように

それではまるで彼のことが好きみたいだと確信を持たれたとしても
そうですよといくらなんでも好きではない人に好きなんて言わない

年の瀬にぎゅうぎゅう詰めにした特典に釣られてしまうような
沿道の往来の人垣で判断するようなそんな不誠実ではないから

私が彼を想っているだけだから
私が彼の傍に居たいだけだから
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