上司のヒミツと私のウソ
 べつに喧嘩をしているとか避けているとかいうわけではない。いつのまにか、気がついたらそういう習慣になっていたのだ。

 そういえば二年前にこのアパートに引っ越してから、実家に連絡先を教えていない。むこうも聞いてこないので、とりわけ問題はないのだろう。

 ミサコちゃんの結婚があれからどうなったのか気になっていたけれど、本人が「大丈夫よ」といってあまり話したがらないので、それ以上はしつこく聞けなかった。


 外がすっかり暗くなったころ、私は手早く化粧をして、ノープレスのコットンシャツとハーフパンツに着替えた。斜めがけのショルダーバッグに煙草とライターと財布を入れ、家を出る。行き先は「あすなろ」だった。


 朝からずっと悩んでいたけれど、ようやく心が決まった。


 マスターと律子さんは私と矢神の仲を誤解している。とっくに別れたとはいい出しにくくて、あの店にはあれから一度も足を運んでいない。

 でも、あの二人なら裏の矢神をよく知っている。
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