上司のヒミツと私のウソ
 反射的に、後ずさってピシャリと戸を閉めてしまう。

 店の外に出た私は、その場で茫然としていた。なんだって今日に限ってここに矢神がいるのだろう。しかもばっちり目が合ってしまったではないか。


 硬直している私の目の前で、からりと戸が開いた。矢神が憤然として立っていた。


「上司の顔を見るなり逃げ出すとは、どういう料簡だ」

「べ、べつに逃げ出してなんかいません」

「ふーん」


 明らかに納得できない顔つきで、矢神は私を見下ろした。

 当然といえば当然だけれど、矢神はもちろん完全に裏だった。


 髪はバサバサで、長袖のラフなシャツに履き古したジーンズとスニーカー。会社では誰も想像できないようなくだけた格好をしている。

 極めつけは、初対面のひとなら「なんか気に障ることしましたか?」っておどおどしながら尋ねるだろう極悪の目つき。


 ああそうか。今わかった。あの伊達眼鏡は目つきの悪さを隠すものだったんだ。
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