上司のヒミツと私のウソ
 家に帰ってから、やっぱりあのときの矢神の態度はどこかおかしかったのではないかとおもった。

 顔は見えなかったけれど、私には、矢神が怖がっていたような気がした。あの矢神が。


 矢神が高校生のころ好きだった相手だと、マスターはいった。ただの幼なじみだと、律子さんはいった。

 でもそれだけなら、怖がる必要なんてないはずだ。


 今日の帰りに「あすなろ」に行ってみようかと、ふとおもった。マスターと律子さんに昨晩のことを聞いてみたい。あの二人が本当はどういう関係なのか知りたい。


「──やめとこ」

 おもわず声に出してしまい、われに返る。


 昼休みのオフィス街は行き交う会社員であふれていたけれど、私のひとりごとを気に留めたひとは誰もいなかった。

 コンビニで買ったお弁当の袋をぶらさげ、会社にもどる道を急ぐ。

 今日中に片付けなくてはならない仕事が溜まっていて、昼食はデスクで手早くすませるつもりだった。
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