上司のヒミツと私のウソ
 いまさら矢神のことを根掘り葉掘り聞けば、律子さんがまたなにをいい出すかわからない。

 今は、この気持ちを誰にも知られたくなかった。

 それに本人の知らないところで過去を詮索するなんて、自分でもみっともないとおもう。


 ビルの一階のエントランスを通り抜け、エレベーターホールに向かおうとしたとき、エントランスに設置されている接客用のソファセットに矢神が座っているのが見えた。

 なにをするともなく、ソファに深く腰掛けて悠然としている。

 その落ち着きぶりになんとなくむかむかして、私はお弁当の袋をぶらさげたままカツカツとヒールの踵をならし、矢神のいるソファセットに向かった。


「矢神課長」


 ソファの脇に立ち、憤然として矢神を見下ろす。矢神はゆっくりした動作で私を見上げた。


「なにをなさってるんですか。こんなところで悠長に座り込んだりして」
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