上司のヒミツと私のウソ
 拗ねたり泣いたり、わがままをいって彼らを困らせてはいけない。

 欲しいものがあっても口に出してはいけない。

 聞いてほしいことがあっても我慢しなくてはいけない。

 彼らのエーデルワイスのために。そうおもっていた。


 いまの私は、あのころの私ではない。


 社会に出てまもなく、いつも相手の顔色をうかがってびくびくしている自分に気づいた。

 仕事の場では、意見を述べても頭ごなしに叱られることは少なく、むしろ真剣な意見には耳を傾けてくれるひとが多いことを知った。

 自分の考えを口に出すことは、決して悪いことではないと教えられた。

 自分の存在が、周りのひとを苦しめるためだけにあるのではないと、ようやくおもえるようになった。


 けれど、矢神になにひとつ自分のおもいが伝わっていなかった事実をおもうと、結局のところ、私自身をとりまく問題は昔となにも変わっていないのではないかという気がする。


 問題を生む種は私自身で、生きているかぎり死ぬまで、私のおもいは誰にも伝わらないのではないか──。

 そんな、子供のころ夜どおし私を悩ませた陰鬱で馬鹿げた妄想が、頭を支配しようとする。
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