上司のヒミツと私のウソ
「うん」

「なにか心配ごとがあるなら遠慮せずいいなさいよ。私も、うちの両親も、いまでも華の家族のつもりなんだからね」

 また涙腺がゆるみそうになるが、ぐっとこらえる。


「ありがとう。でも大丈夫」


 ミサコちゃんはしつこく訝しげな視線を送っていたけれど、私は空元気をふりしぼって立ち上がった。


 彼女は来月に控えた結婚式の準備で忙しい。そうそう長居もできなかった。

 玄関で、五連休の最終日をのんびりと過ごしていたおじさんとおばさんが、ミサコちゃんと並んで名残惜しそうに見送ってくれた。


 黄昏のいろが漂いはじめた懐かしい住宅街の通りを、私はのんびりした歩調で駅に向かって歩いた。

 子供時代を過ごした町は、区画整理ですっかり様変わりしている。ときどき路地の片隅から、子供たちの明るいはしゃぎ声が聞こえてくる点を除いては。


 四日前、矢神の言葉を待たずに立ち去ったことを、私はすこしずつ後悔しはじめていた。

 私が聞いたのは彼の兄の矢神隼人の言葉であって、彼自身の言葉じゃない。矢神は本当のところ、なにもしゃべっていないのだ。
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