上司のヒミツと私のウソ
「ふーん。おばちゃんがどっかから持ってきたのかな」

 そういいながら、西森は日陰の壁にもたれて、なにをするともなくぼんやり夏の空を見上げている。けだるそうに。


 つい最近気づいたのだが、西森はここへ来ても煙草を吸わなくなった。

 いつだったか禁煙するといって息巻いていたけれど、あれはただのポーズで、要は俺を負かしたかっただけ。すぐにまた吸い始めるに決まっている、と踏んでいたのだが。

 でも、煙草を吸わないのなら、何をしにここへ来ているのかわからない。

 西森に聞いたら、「息抜き」だという。


 それはわかる。

 たしかに、ひとりきりになる時間を定期的に作らないと、こんな二重生活はとても身がもたない。

 だが、この暑いさなかにわざわざ屋上まで来て、息抜きもなにもないだろうとおもう。

 それに、俺だって社内の人間のひとりだ。ほんとうにひとりきりになりたいのなら、別の場所を選ぶ。
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