上司のヒミツと私のウソ
 彩夏が出ていったとしたら、そのあと俺がようやく眠りにつき、数時間後に目覚めるまでの間だとおもうのだが、いったいいつ出て行ったのか、なんの痕跡も残さず消えてしまった。目覚めたときは、一瞬夢だったのかと疑ったほどだ。


 彩夏は、隼人とうまくいっていないのかもしれない。


 昨夜のようすを見ていると、どうしても彼女が幸せだとはおもえなかった。

 彩夏の性格からして、真正面から隼人にぶつかっていくとは考えにくい。

 隼人にもいえず、俺にもいえず、あいつはひとりで泣いているんじゃないか。そうおもうと、心配でたまらなくなる。


「ため息ばっかりですね」


 煙草をくわえたまま振り向くと、西森が立っていた。


「朝からそういう顔されると、こっちまでテンション下がるんですけど」

「そういう顔って、どういう顔だ」


 ビル街の木立で鳴いている蝉の声が、屋上まで聞こえていた。西森は、わずかにいいにくそうなそぶりを見せた。


「……冬眠からさめたばかりの不機嫌な熊みたい」

「あのな」


 西森の無遠慮な態度にはもう慣れてしまって、今さら怒る気もしない。
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