上司のヒミツと私のウソ
 彼女が過去の傷に苦しんでいるのをまのあたりにして、なぜあんな真似ができたのだろうかと自分を責めずにはいられない。自分なら彼女を救えると、一瞬でもおもった自分が許せない。


「私って、ほんとにダメな教師だったよね」

 カウンターで頬杖をつき、律子さんがのんびりとした口調でつぶやいた。


「どうしたんですか、突然」

「全然、見えてなかったなとおもって。矢神くんのこと」


 店内の明かりは落とされている。カウンターの一か所にだけ灯る明かりが、律子さんの頬に薄い影を落としていた。


 初めて会ったときの彼女はまだ二十代で、ショートカットの、勝ち気な目をした初々しい教師だった。

 あれから十九年も経っているのに、印象はふしぎなほど変わらない。あの当時も今も、彼女は生徒思いの教師のままだった。


「あのころのあなたはいつも孤独で、どうかすると自分で自分を壊してしまいそうな、ギリギリの危ういところをフラフラさまよってる感じだった。でも、どうにか持ちこたえているのは、木下さんがいるからだとおもっていたの。でも、本当は違ったのね」

 静かだった。壁にかかった時計の秒針の音だけが、一定のリズムを刻んでいる。
< 302 / 663 >

この作品をシェア

pagetop