上司のヒミツと私のウソ
 北側の奥にも屋上に上がる非常口があること。

 喫煙者がときどき鍵を借りに来て休憩していくらしいこと。

 決して多くはないけれど、私もそのうちのひとりだと、清掃係のおばさんが親切に教えてくれた。


「矢神課長に怒られた?」

「べつに」

「ふーん。そういやあのひとの真剣に怒ったとこ、見たことないな」


 彼女の他愛ないひとことが、深く私の心に刺さった。

 私は、彼がほかの社員に見せるのと同じ顔しか見ていない。私だけが知っている彼の一面を思い出せない。

 ああ、ひとつだけあった。

 あんな冷たい言葉を投げつけられたのは、きっと私くらい。


「でもま、よかったんじゃないの。どうせいつかはバレるんだし」

「誰のせいだとおもってんの!」


 適当なことをいってすませようとする安田に、無性に腹が立った。安田のせいじゃない。でも、こうなってよかったなんて、とてもおもえない。
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