上司のヒミツと私のウソ
「あなたもよ」

 律子さんに腕をつかまれた私は、矢神と一緒に店の外に押し出された。

「今日はわざわざ来てくれてありがとう。また来てくださいね」

 ぴしゃりと目の前で格子戸を閉められた。


 茫然としていると、隣でカチッと音がする。

 すっかり暗くなった路地の闇に、矢神がつけたライターの火がぽっと浮かんだ。矢神は煙草を吸いながら、ジロリと私を睨む。


「あんたのせいで飲み損ねたし食い損ねた」

「なにいってるんですか」

 とはいえ、こちらはすっかり満腹なので、閉め出されても一向に問題はない。


「あ、そういえばお金払ってない」

 あわててコートのポケットをさぐり、財布を取り出して店にもどろうとすると、矢神に腕をつかまれた。

「ほっとけ。追い出したのは向こうだ」

「でも……」

「あんた、家はこの近くか?」

「そうですけど」

「じゃあ送る必要ないな」

 煙を吐き、乱暴にいい捨てる。


 このひとほんとに矢神課長?

 未だに信じられなくて、私は暗闇に眼をこらし彼の横顔をじろじろ見てしまう。
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