上司のヒミツと私のウソ
 知らない、というとますます不安げに曇る。付き合っているときに西森の家に行ったことはなかったな、とあらためて気づいた。


「大丈夫です。ひとりで帰れます」

 弱々しくかすれた声が聞こえて、見ると、西森がふらふらと長椅子から立ち上がるところだった。おぼつかない足どりで休憩室を出ていく。


「とにかく、一緒に行ってください」

 安田に腕を引っ張られ、休憩室を出た。安田は強引に西森の荷物を俺に押しつけると、「お願いします」といって背中を押した。


 ビルの玄関前に待たせていたタクシーの後部座席に一緒に乗りこむと、西森が最寄りの駅の名を告げた。

 動き出した車の窓から、安田が見送っている姿が見えたが、すぐに暗い深夜の街並みにとって代わった。


 西森は隣でやはり目を閉じて、荒い呼吸を繰り返している。
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