上司のヒミツと私のウソ
「あのひとがいなかったら、俺はどうなっていたかわからない」


 俺を見ていた西森の目が、ゆっくりと複雑ないろを絡み始め、大きく揺れた。

 目からこぼれた涙は、目尻を伝って流れ落ちる。絶句する俺を見て西森は首をふり、「私も」と小さな声でつぶやいた。


 私も、そんなふうにおもうことがあるから。声をしぼりだすようにそういって、西森は右手の甲で涙をぬぐった。そしてふたたび目を閉じ、眠りに落ちた。





 翌朝、律子さんに電話を入れ、寝室で眠っている西森をそのままにして、時間どおりに家を出た。

 携帯電話の留守電に律子さんからのメッセージが入っていることに気づいたのは、『RED』の定例ミーティングが終わって、六階の執務室にもどってきたときだった。


 メッセージを聞いてすぐに屋上へ行き、西森の携帯電話に連絡した。

 出ない。何回かのコールのあと、留守電に切り替わる。

 いったん切り、いらだちまぎれにリダイヤルを繰り返す。
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