上司のヒミツと私のウソ
「そんなの、簡単じゃないですか。だって、最初から中身のない関係だったんですから。課長は私のことをなにも知らないし、私も──」


「俺はごめんだ」


 夜風が路地を吹き抜ける。西森は頬にかかった髪を払おうとしなかった。たった今耳にした言葉をたしかめるように、傷ついた目でこちらを見ている。

 なぜ西森が傷ついているのかわからないが、これだけはいっておかなければならないとおもった。


「もどるつもりはないし、立ち止まるつもりもない。できればこのまま西森を連れて帰りたい。ふたりきりになりたい」


 西森が明らかに狼狽し、身じろぎした。


「あの……なにをいって……」

「もどれないっていってるんだよ。西森が好きだから」


 西森は真意を探るような、疑惑と戸惑いの入り交じった顔をしている。どう見ても信用されていない。


「いっとくけど、これは本気の告白だからな」


 念押ししている時点で、前途多難だという気がした。
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