上司のヒミツと私のウソ
 矢神が残していったシトラスの香りが、かすかにまとわりついていた。

 大好きな香りを吸いこむと、じんわりと涙がにじんできた。

 あたたかい涙が濡らす瞼の裏に、にこやかにほほえむ有里という女性の顔が浮かんだ。





 先週の水曜の朝、矢神のマンションで目覚めた。たしか午前九時半ごろだったとおもう。

 目覚めた直後はなにがなんだかわからずあわてたけれど、昨日の夜のことをまったく覚えていないわけではなかった。


 綿菓子のようにふわふわとやわらかくて、甘くて、思い出すたびに胸があったかくなる。あまりに心地いい夢だったから、現実だと認識するまで時間がかかった。


 自分とは違う匂いのするベッドの中で、夢ではないことを繰り返したしかめたあと、昨夜の言動がリアルにフラッシュバックしてきて、死ぬほど恥ずかしくなった。
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