上司のヒミツと私のウソ
──好きだっていったくせに。

 じゃりじゃりした不愉快な感情に体ごと包まれる。


 矢神に向かう気持ちが激しく胸を突き上げ、息が詰まりそうだった。あきらめたくないと心が割れるほど叫んでいる。


 矢神が私の手首の上あたりをやんわりとつかんだ。


「心当たりがないんだけど」


 手をふりほどこうとしても、矢神は放してくれない。

 睨みつけると、矢神が真顔で私を見下ろしていた。黒い瞳にいつもの険しさはなく、潤むほどに和らいでいて、温かく甘い感情が宿っていた。


 私が風邪をひいて熱を出した夜、ベッドの傍らで言葉少なに語ったときの矢神の顔と重なる。

 真っ暗な夜の底に横たわる深い孤独と、ぎこちなくも真率な愛情を感じて、泣きださずにはいられなかった夜。


 いい返すつもりだったのに、言葉が出てこない。


 下を向いて黙る私を見て、矢神はそっと手を離した。あきらめたように低い声で「まあいいけどな」とつぶやく。
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