上司のヒミツと私のウソ
 目の前でマスターが深々と頭を下げる。

「この間は本当に失礼なことをしてしまって、申し訳ありませんでした。もう来てくれないんじゃないかって、心配してたんです」

「そんなこと……私のほうこそ大声で騒いで、おまけに無銭飲食しちゃってすみませんでした」

「構いませんよ。そうだ、お代は矢神さんからもらっておきましょうか」

「いえっ。それは困ります」


 マスターは悪戯っぽい少年のような笑みで、「冗談ですよ」といった。一見いかつい顔つきだけど、笑うと愛嬌がある。

 教え子ということは、律子さんのほうが年上で、しかもそれなりの年齢差があるということだ。ちっともそんなふうに見えない。


 熱いおしぼりを受け取り、エビ団子と筍の釜飯を注文した。


「今日はひとりなんですか?」


 マスターが聞いた。矢神のことをいっているのだと察しはついたけれど、苦笑いでごまかす。


「そうかぁ。矢神さん、仕事熱心だもんな。おれにはとても信じられないけど。課長さんなんですよね」

 はあ、と私は適当にうなずく。
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