プラスティック・ラブ

「あ。来たよ?融通の利かない男が」
「結那!」
「悪かったな、融通も、おまけに気も利かなくて」


言葉とは裏腹にまるで悪びれる様子もなく
姿勢のよい長身が私たちに向って歩いてきた。
バスケ部のキャプテンで生徒会長を二期、務めた彼の
成績が優秀なのはもちろんのこと、ルックスも申し分ない。
180を越える身長に無駄のない引き締まった肢体。
部活を引退してからコンタクトを止め
眼鏡をかけるようになってから、ますます知的になった表情。
少女漫画なら間違いなく王子様の部類だ。
校内でモテるのは言うまでもないが、
二年の夏、バスケ部が全国大会出場を決めたときに
バスケ雑誌の高校生特集に載って以来、そのモテぶりは校外にも広がった。


しかしそんな成瀬も結那に言わせると
『基本性能は抜群だけど真面目で健全すぎて面白味が無い』のだそうだ。
多少は不健全なところがないと、こっちがしんどいし
隙がなくて可愛げがなさすぎる、とも。


確かに結那の言い分も分からないではないけれど
私は真面目な人から誠実に想われたいと思うし
男性は可愛げがなくても別にいいと思う。
そう結那に言ったら『はいはい、アンタたちはおにあいよ』と
呆れたように笑われた。



「へー。よく分かってるじゃない?」



ま、自分の事だもんね、と成瀬の肩を気安くパンパンと叩く女子を
結那の他に私は知らない。彼は結那の言うように
真面目で堅い上に、自分にも厳しいが他人にも結構厳しい。
女子にとっては、憧れるには申し分ない存在だけど
少し近寄り難いのも事実で、彼と気安く接することができる女子は
居ないとは言わないが、結那に勝るものは居ない。
彼女は『あいつはアホみたいに真面目だから、からかうと面白いの』と
臆することなく弄りの対象にして楽しんでいる。
ある意味 大したヤツだと思う。


その結那をたしなめて私は勇人に視線を向けた。



「もう少し前の席にする?」

「ああ、そうだな」



卒業後は海外に留学をする勇人もTOEFLの受験を終え、私と同じ状況だ。
彼の場合は、名残惜しくて登校しているわけでなく
卒業まで生徒として受けるべき授業は受ける、という
至って真面目でもっともな考えからだろうけれど。



「なーるほど。そういう事か」

「結那?」



腕を組み、にやにやと思わし気に私と勇人を交互に見る結那が
何を言いたいのかは、その様子を見れば大体の見当がつく。



「義経と静御前の古の恋バナを聞いて、その後二人で盛り上がるわけね」

「別にそういうわけじゃ・・・」

「そうか。それも悪くないな」

「ちょっと!成瀬くん!」


そこは否定しなさいよ、と勇人へと向けた私の視線は
やわらかな彼の視線と軽く挙げられた手に制された。
否定したってどうせ冷やかされるのは同じなのだから、という事なのだろう。
付き合い始めた頃は結那にからかわれて、しどろもどろしていたけれど
それも度重なれば、すっかり結那の扱いを心得た、と言ったところか・・・。



「そうよだよねー。離れ離れになっちゃうんだもんね。
今のうちにイチャイチャしとかなきゃね」

「まあ、そういう事だ。邪魔するなよ?」

「へぇ~~ 成瀬も言うようになったじゃん」

「おかげさまでな」

「ちょっと結那!成瀬くんも!」

「いまさら 照れない照れない」



腕組みをしてうんうん、とひとり納得して頷いている結那を
面白そうに煽る成瀬を睨んだ。



「そういう事なら仕方ない。今日は解放してあげるけど」と
結那がカバンから一枚の写真を取り出して、ヒラヒラさせながら
でも私には見せないように成瀬の前に突き出した。



「これ あげるから、明日は彩夏(さやか)を私に貸して?」と
良からぬ笑みを浮かべた。


「なに?それ」


私は写真を受け取った勇人の手元を覗き込んだ。
それは、見慣れないけれど見覚えのある自分の顔写真だった。


「これって!」


先週末、結那に誘われてというよりは
半ば強引に連れて行かれた化粧品会社主催のヘアメイクの講習会で
撮ってもらった写真だった。
座席番号のお蔭で たまたま私がモデルに指名されてしまった。
されるがままで居る事、数十分。
その仕上がりは、さすが講師に施されただけあって
これが私?!と刹那 見惚れてしまうほどだった。
でもそれがすごく気恥ずかしかったから
写真ももらってこなかった。それなのに・・・
結那のヤツ、いつの間に?!



「やだ!」



慌てて写真を取り上げようとして伸ばした私の手は
写真に届くほんのわずか手前で結那の手に掴まれてしまう。



「だーめ。これは成瀬にあげたの」
「やめて、恥かしいから」
「どうして?可愛いじゃないの、ねぇ成瀬」
「・・・・・・」



返事に困った勇人の眉間に見る見る皺が寄った。


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