プラスティック・ラブ
第五章 揺れた天秤 

惰眠と快楽を交互に貪り、気だるさを熱めのシャワーで洗い流したのは
午下りと言うよりは夕方に近い時刻だった。
少し濃い目に出るようにコーヒー豆をメーカーにセットした私は
休日を怠惰に過してしまったことに ほんの少しの罪悪感を感じつつ
ため息を落とした。
そのため息ごと、背中から回された腕にふんわりと抱きしめられた。


「どうした?」
「…別に」
「ため息のワケは?」
「…なんとなく」



ふうん、と思わし気な声と唇が首筋に落ちて、回されていた腕の力が強くなった。



「どうせまた『こんなんでいいのかしら?』とか思ってたんやろう?」
「え?」



どうしてわかるんだろう。前から不思議に思っていた。
自分がポーカーフェイスだとは思わないけれど
あからさまに顔に出るタイプでもないと思うのに。


「ビンゴ?」


こうやって先回りして思いやってくれるのが心地いい反面
見透かされているような心地悪さも感じて
時々 雅也のカンの鋭いところがほんの少し怖くなる。


「だって… せっかくのお休みなのに寝てばっかり」
「何で?あかんの?」
「あかんのって…だってお休みよ?時間がもったいないでしょ。
他にもする事あるし」
「例えば?」
「……映画とか」
「レイトショーならまだ全然間に合う」
「買い物とかは?」
「ひとりで気楽にする方が好きなんやろう?」
「…ドライブ! そうそうドライブは?」
「今からでも十分行ける。夜景がロマンチックやろうな」
「あー…テニス!うん、久しぶりにテニスとか」
「今からでも全然できるやん。ナイター設備あるとこなら」
「なら……」


「彩夏」



私を呼んだ雅也はくるりと私の身体の向きを返えると
顎に添えた指先で顔を上向かせた。
彩夏、と今度は吐息だけで私の名を呼び
ふわりと触れた雅也の唇に 続く言葉を遮られた。



「そんなに俺と寝るの、嫌やった?」



シャワーの後のまだ湿り気のある髪の間に見える雅也の瞳が
ほんの少し苦く笑った。



「違う!そういう意味じゃなくて…」
「じゃ、なに?」
「…何となく……動物的っていうか」
「動物的? あぁ、食って寝てヤるだけだから?」
「雅也!」



雅也はアハハ、と笑って私の拳を受け止めた。



「所詮人間だって動物。先に三大欲を満たすんが基本ちゃう?」
「・・・・・」
「物欲や趣味はそれからや。
休みの度にきっちり予定たててたら休んだ気にならへん」
「それはそうだけど」
「彩夏は固く考えすぎ。休む時は何もしないで徹底して休む。
遊ぶときもしかり。もちろん愛し合うときも、な?」


ほんの少し体をかがめて私の顔を覗き込むようにしてウインクをした雅也は
「休みにマニュアルなんて無いんやから」と深く私を抱きしめた。
抱きしめられて小さく揺られているうちに、いろんなところから力が抜けて
何だかふわふわと気持ちよくなって
雅也の言う通りかもしれないなと思えてきた。


常識に捕らわれ過ぎて柔軟性を失った理性が
愛しい人の腕に揺られて解されていく・・・


いつものことながら雅也の説得力には感心してしまう。
おまけに小さく萎んでしまった好奇心も大きく膨らませてくれて
一緒に試してみようと手を差し伸べてくれる。
背中を押されるよりもずっと安心できる。
私は…そんな雅也の手を迷わず取って進めばいい。
それが私にとって一番幸せなのだから。



幸せ・・・なのだから――



「会えない時はいつも…こうやって彩夏を抱きしめたいと思ってる。
会ったらすぐ抱きしめて繋がって補充しないと
何もできないほどお前に飢えてる」
「雅也…」
「愛しい姫に恋焦がれている俺を哀れと思し召してお情けを」
「ばか」



クスクスと笑い合って重ねた唇が 熱く深いキスに変わる頃には
感じていた罪悪感も常識も溶けてなくなって
目の前の恋人を感じるだけの私に変わる。



「なぁ彩夏 どないしよう」
「ん?」
「またこんなになったわ」


雅也は私の下腹部にその高ぶりを押し付けるように腰を抱く手に力を込めた。



「うそ・・・信じられない」
「ええなぁ、彩夏はめっちゃ愛されてて」
「そうなの?」
「そうなの。彩夏は幸せモンやなあ」



カシュクール型のワンピースのリボンを解いた雅也の掌が
私の素肌を緩やかに撫で、胸を艶かしく包んで弄る。
その指先が敏感な先を 円く撫で始めると
甘く喘ぐ声が出てしまうのを抑えられない。


「もっと・・・幸せにしてやる」


この上なく甘く妖しい囁きに私は瞳を閉じた。
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