プラスティック・ラブ
小雨に滲む街の光が紫煙に曇る。
仕事で泊まる部屋へ俺を呼び出すなんて普段の彼女からは考えられない。

何かがあったんだろう。間違いない。

成瀬が関係しているのだろうと、それは確信のように思うのに
きっとこの後も彼女にそのことは聞けないのだろう・・・。なんて臆病な。
咥えていた煙草を揉み消して窓を開けると
澱んだ空気と湿った空気が入れ替わった。どちらも不快さは変わりない。


私を離さないで―――


熱く抱き合うベッドの中で何度も切なげに繰り返えした彩夏は
彼女を離すつもりも、そんなそぶりも見せた事のない俺に言う意味を
分かっているのだろうか。


離れてしまいそうな私を、離さないで――


そう聞こえてしまったのは俺の思い過ごしなのだろうか?
そうであって欲しいと、さっきまでこの手の中にあった温もりに
縋る気持ちで願った。


苦い思いを抱えたまま朝を向かえ、晴れない気持ちのまま迎えた夜。
かけた電話に出た彩夏はいつもの彼女に戻っていて
前夜の「彼女」はもう微塵も感じられなかった。
心配だから今夜も会いに行くと言ったら
そんなところを誰かに見られたら大変だからと頑なに拒まれた。
それ以上 何も言う事ができない俺に出来たのは「大丈夫なのか」と気遣うことだけ。


「うん。本当に大丈夫だから」

「なら・・・いい」

「心配かけてごめんなさい」

「彩夏」

「なに?」

「愛してる」


一番気になっている事を聞けない代わりに使うにはあまりにも狡い一言だと
それを分かっていて使ってみた。


「・・・うん」


その答えに、今夜も眠れない夜になりそうだとバーボンのボトルごと煽った。
私もよ、私も愛しているわ、と答えてくれたなら・・・などと思う自分が女々しくて
自嘲してしまった。


情けねえなぁ、俺。


望まない結末を連想してしまう思考を断ち切るためにもう一度携帯を取った。
他愛のない話をして呑めば少しは気が紛れるかもしれない。
呼び出し音の向こうで、その携帯に浮かび上がった俺の名前に
忌々しそうに舌打ちをしているだろうアイツ、一輝の顔が浮かんだ。


「なぁ、どう思う?お前」


隠れ家のような静かなこの店の居心地のよさに浸りながら
気晴らすはずだったのに、話題はどうしても彩夏へと行き着いてしまう。
どんだけ気になっているんや、と我ながら呆れつつも
気にせずには居れないのだから仕方ない。
そんな心中を聡いコイツに悟られたくなくて、わざと盛大に惚気てみせた。
彩夏みたいなイイ女を振るヤツの・・・成瀬の気がしれないと。


「知るか。本人に直接聞け」


忙しい、お前につきあう暇などない、と悪態をつきつつも
呼び出せばこうして出てきてくれる一輝。この店も一輝の行きつけだ。


「聞いてみたいけどな、そんな機会ないし」

「なら、作ってやろうか?その機会とやらを」


にやりと不遜な笑みを浮かべたコイツとそんな会話をしてから5日後のことだった。

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