プラスティック・ラブ
くるりと身体を反転させられて、今度は緩く優しく腰を抱かれた。
近すぎる距離に合わせることができなくて逸らした目は
覗き込むように顔を傾げた成瀬の視線に追われて捕らえられた。

「藤崎」

「・・・はい」

「君が好きだ」

「うそ」

「嘘じゃない。あの頃からずっと・・・いやあの頃よりももっと好きだ」

「じゃぁあの頃 好きだった人って」

「君だ」


こんなにも真っ直ぐに私の目を見つめたままの成瀬の言葉に嘘はないはず。でも・・・


「そんなの、今 言われても困る」

「わかっている」

「わかってない!分かっているなら、どうして」

「それでも・・・言わずにはいられなかった」


成瀬は吐息ともため息ともわからない熱い息を小さく吐き出して
私を深く抱きしめた。


「俺は諦めない。あの時と同じ間違いはしたくない」

「成瀬くん」

「私を彼女って事にしておけば、といわれた時は驚いた。でも・・・嬉しかった」


それをあの頃に聞いていたら、私はもっと嬉しかったのに。


「覚えているか?藤崎が中傷されているのを二人で偶然聞いてしまった時のことを」


うん、と声には出さずにただ頷いた。


「あの時、あんな下品な中傷が許せなかったのは事実だが
藤崎が俺の女みたいな言われようだったのは正直嬉しいと思った。
それで君に他の男が寄り付かなくなるのなら構わない。もっと噂になればいいと」


ひどい、と小さく呟く私の声が届いて
すまない、と苦笑いした優しい成瀬の瞳が返ってきた。


「君が俺と同じ気持ちでいてくれたとわかったあの瞬間
どれほど嬉しかったことか・・・」



小さく息を吐いて目を伏せた成瀬の切なげな表情に胸が甘く痛んだ。



「でも俺は海外留学を決めていたからな。
遠く離れてしまうのに、いつ帰るのか、帰ってこられるのかの
約束もできないのに君の手を取ることなどできなかった」


ごめん、と目を伏せたあの遠い日の成瀬を思い出すと
今も胸が締め付けられて、じんわりと涙が込み上げてくる。


「君に寂しい思いをさせるくらいならここで終わりにした方がいいと思った。
そう思いながら・・・もしかしたらずっと変わらない気持ちのままで
君がいてくれるかもしれないなんて、そんな都合のいい事も考えてた」


甘やかに細められた成瀬の瞳は私を見つめ
大きな掌がそっと私の頬の触れた。



「いや、違うな。変わらないでいてくれと願っていたと言う方が正しいな」


頬から離れた成瀬の手が胸の内側のポケットから取り出したのは
ラミネート加工の施された一枚の写真だった。


「この写真の君に」


それはいつか結那が成瀬に渡した写真。
そういえば返してもらう事すら忘れていた。


「これ、まさか ずっと?」

「ああ」


痛まないように加工してくれたのは梶山だけどな、と
成瀬は照れて笑った。


「焦った時も、落ち込んだときも、苦しい時も、喜びの瞬間も
いつもこの君が一緒だった」

「成瀬くん」

「これからは、本物の君と一緒に歩いていきたい」

「・・・」

「俺の傍にいてくれないか」


私を見つめる成瀬の視線が熱い。


「そんな・・・」と開きかけた口元を彼の指が塞いだ。


「まだだ。返事はコンペが終った時に聞かせてくれ」


それまでに悪い返事を聞いてしまったら
落ち込んでプレゼンすらできなくなるかもしれないから、と
柔らかく笑いながら私の唇に置かれたままだった彼の指先が
そのラインを確かめるように触れた。私は思わず目を伏せた。


「目を開けて」と言われても
それができなくて私はゆるゆると首を振った。


「頼むから目を開けてくれ。でないと・・・」


その先を聞くのが怖くて、私は恐る恐る目を開ける。
「それでいい」と困ったように笑う成瀬の瞳が近づいて
私の額に優しく彼の唇が触れた。


「このまま君を攫って行きたい」


呻くように絞り出された一言が胸に沁みた。


成瀬くん・・・



もう一度痛いほど強く抱きしめた後で彼の手が惜しむように
私の肩から腕のラインをゆっくりと滑り落ちて、離れていった。




「おやすみ」

「おやすみなさい」




見送る彼の背中に感じた切なさと寂しさが私の答えなのだろうか。
分からない。わからないけれど、それが分かる瞬間はきっと来るのだ。



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