プラスティック・ラブ
第七章 心のままに
その翌日から毎日、私が部屋へ戻る頃に
成瀬から電話がかかるようになった。
ルームサービスを頼まれる時もあれば
ただ取りとめのない話をするだけの時もある。
あの夜、あんな告白をされたのに
普通に話ができる自分が不思議だった。 



「藤崎」

「ん?」

「携帯の番号を教えてくれないか」

「携帯?」

「ああ。俺はこの館内電話でも構わないが藤崎は困るだろう?」

「どうして?」

「ホテルに通話記録が残る」


外線通話に関しては時間と相手先の番号のみが記録として残るが
内線通話についてはその会話の内容についても録音して
24時間は保管している。お客様と従業員との間のトラブルや
間違い等が生じた時の確認のためだ。



「それで困るの?私が?」



記録や録音されたからといって困るような会話はしていないし
日々の膨大な記録を再生するなんて
よほどの事件が起こったときでなければしない。



「いいのか?」

「いいわよ?別に。困るような話なんてしていないもの」

「本当に?」

「もちろん」



そうか・・・と小さく呟いた後、一呼吸おいた成瀬が言葉を続けた。



「藤崎が好きだ。大好きだ。今すぐ会いたい。キスしたい。抱きたい」

「なっ!!」


心臓が飛び出そうなくらい驚いて私は声が詰まった。



「・・・なーんて言うかも知れない」

「呆っれた!こんな内線で何を言うかな!」

「俺は別に構わないけどな」

「私が構うわよ!」



「そうだろう?」とくくっと笑う気配がして私は負けを認めた。



「もう! 成瀬くんってこんなコトする人だったっけ?」

「成長したんだ。色々とな」


クスクスと笑い合った後で携帯の番号を伝えたら
テーブルの上の携帯がすぐに震え出した。
私は館内電話の受話器を置き、携帯を手に取り通話をつないだ。



「これで心置きなく話ができる」

「あんまりびっくりさせないでよ?」

「努力する」

「お願いします」 



また笑い合ったあとで成瀬が「よかった」とが呟いた。



「何が?」

「これからは いつだって君の声が聞ける」

「勤務中は無理よ」

「そうだったな。でも」

「ん?」

「やっと気兼ねなく君の名前を呼べる」

「え?」

「彩夏、と呼ばせてくれないか?」



とくん、と鼓動が強くはねた。恋愛が始まった頃のような
とび切り甘い高揚感が胸にあふれて肌が一気に粟立った。
この人に甘えるような声で強請られたら・・・
私は否とは言えない。言えるはずがない。


「昔からずっと 呼びたかったんだ」


まさか成瀬に名前を呼ばれる日が来るなんて・・・
高鳴る胸を掌で押さえて私は恐る恐る答えた。



「呼んで・・・みて?」

「彩夏」

「もう 一度」

「彩夏 彩夏 彩夏」



甘やかに、切なげに、請うように、彼の声が私の名を呼んだ。
それだけで身体から力が抜けて床にうずくまってしまった。


「そんなに連呼しなくても」

「嫌だったか?」

「そうじゃなくって・・・」


自分のしている事が分かっているのかいないのか。
こんなことを素でしているとしたら反則もいいところだ。



「今夜は眠れないかも」



今日も忙しくて疲れているけれど、もうかなり遅い時間だけれど
成瀬のせいで眠気なんてどこかへ吹っ飛んで
すっかり目が冴えてしまった。



「睡眠不足は集中力を欠くぞ」

「そうよ?明日の仕事にひびくわ」

「それはマズいな。眠らないと」

「ホントよ?どうしてくれるの?」

「俺のせい?」

「他に誰が?」

「なら・・・責任を取らなきゃな」



「どうやって?」と聞く前に
自分の耳を疑うような成瀬の言葉が続いた。


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