プラスティック・ラブ
第八章 砕けたプラスティック
「バカね。アンタがこれほど馬鹿だとは思わなかった」



呆れたように頬杖をつく結那を責める気は元より
反論する気にもなれなかった。


「・・・そうね」


一緒に生きて行こうと言った勇人に、結局私は頷けなかった。



「そうねって、あんた 開き直ってどうすんの?」

「そうじゃないわ」



あれから1年半余り。



私は今、蓼科にある従姉のオーベルジュを手伝いながら暮らしている。
御園ホテルとは比べ物にならないくらいの小さな所だけれど
ホテルマンとして働いた経験は十分に生かせるし
経営の傍ら料理の教室やアートフラワーの講習会
絵付けの会等も主催する忙しい従姉の相棒として結構頼りにされている。



忙しい時期に臨時のバイトを雇うことはあるけれど
実質はシェフ兼オーナーである従姉の旦那様と
マネージャーの従姉、それにシェフの片腕でもあるコックの坂野君
客室とその他全般の業務を仕切る藤波さん、そして私の5人で回している。
労働力に余裕があるとは言い難いので、結構キツイい毎日だ。
けれど その分やりがいもあるし
坂野君や藤波さんも気さくな良い人で働きやすい。
なにより仕事を辞め東京を離れた私を
快く受け入れてくれた従姉夫妻への恩返しのつもりで頑張っている。




「でもさ、成瀬君、よく承知したわね」

「・・・うん」



勇人が日本を離れる直前に
私は勇人との婚約を解消したのだった。



怖いほどの幸せなクリスマスを過ごした後
年明け早々から勇人は米国へ戻る準備を始めた。
将来的には独立を考えているとはいえ
現在の彼の仕事のベースはあくまで米国。
御園の新館の設計の他にも抱えている仕事は山ほどある。



「この先、まとまった休みは取れそうにないんだ。
このまま俺だけ向こうに行ったら、次はいつ君に会えるかもわからない。
だからこのタイミングで連れていきたい。もう離れたくないんだ」


ずっとそばに居て欲しい・・・と
切なくも甘い囁きに、私は何も言えず 
ただ陶酔するばかりだった。
そんな私に勇人は 愛していると何度も繰り返した。
それは甘やかで妖しげな呪文のように私を捉えた。
もう指先でさえ自分の力で動かせない。
全てを彼に委ねて目を閉じると
熱く滾る彼の熱情の嵐に巻き込まれ揺さぶられ
絶頂へと上り詰めた。



翌日から勇人は私を連れて渡米することを当然の前提として
話をするようになった。
いつまでにこの手続きを、いつまでにこの手配を、と
出国の日から逆算して瞬く間に予定を立てた勇人の手際の良さに
私は目を見張るばかりだった。


「どうした?」

「ううん、何でもない」

「ぼうっとしている暇はないぞ?」

「わかってる」 

「仕事はどうする?退職するのが嫌なら
 アメリカのレブラントに出向させてもらえるように
 俺から御園に頼んでみるが・・・」

「ね、勇人。ちょっと待って」

「ん?」

「あのね、私・・・」


どうした?と視線で問うた勇人の瞳を私はまっすぐに見つめた。


「あなたと一緒には 行けない」

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