プラスティック・ラブ

私の一言で蜜月は一変して殺伐としたものになった。


どうして、なぜ、と繰り返し詰問されても
今は行けないとしか答えられず
埒の無い問答が 出口の無い迷路のように続いて
彼が納得のいく答えを出せないまま
時間だけが刻々と過ぎていった。


「何が気に入らない?」

「そうじゃない。気に入らないとかじゃないの」

「じゃあ 何だ?どうすればいいんだ」

「もう少し時間が欲しいの。考えたいの」

「考える?今更、何を考えるというんだ?!
 俺との結婚に何か問題でもあるのか?」

「問題なんてないわ。ただ・・・ちょっと不安なの」

「不安?何が?海外での暮らしが初めてだからか?」

「違う。そういうことじゃないわ」

「じゃあ、何だ!」


声を荒げた勇人の苛立つ気持ちが分からないわけではない。
でも 胸に小さなしこりのようにあるこの思いを
どう言葉にしたらいいのか わからなかった。


「上手く説明できないの」


勇人は はあ、と大げさに 大きなため息を落とし、天を仰いだ。


「それは いわゆるマリッジブルーというやつか?」

「そうなのかな?どうだろ・・・わからない」

「分からないって、お前・・・」

「ごめんなさい」

「俺には 話せないか? そんなに頼りないか?」

「そうじゃない!そんなことない!違うの!
ただ もう少しだけ待って欲しいの。お願い」

「だから!それは何故だと聞いているんだ」

「気持ちの!・・・気持ちの整理をしたいの。
分からなくなっているの。
このままあなたと一緒に行っていいのかどうか」



勇人は瞠目して、無言のまま私に背を向け 
寝室のドアを閉めた。



それからの勇人は これまでと変わらず淡々と
渡米の準備を進めた。
私には何も問わず、何も訊かないままだった。
そんな彼に私もまた何も言えないまま
進むことも退くこともできなかった。
そうして勇人が日本を発つ日の朝を迎えてしまった。


「彩夏」

「はい」

「・・・待てないかもしれない」


そう勇人が言った最後の言葉に「それで構わない」と答えた私は
一度も振り返らずに部屋を出ていった彼を見送った。




苦く、そして呆気ない別離だった。




勇人への気持ちが冷めたのではなかった。
これが本物の恋で、その結末なのだという自信が
持てなくなってしまっていた。
否、本当にこれが望んだことなのかどうか
分からなくなってしまった、というのが正しいかもしれない。



あまりにも短い時間に目まぐるしく事態が変わり
その速さについて行けない私の気持ちだけが
置き去りにされてしまったような戸惑い。
それが湧き上がってしまった二つの思惑とともに渦巻き
複雑な模様を描きながら、心を塗りつぶして行くようだった。


今の勇人へ想いは真実の愛なのだろうか。
彼との忘れがたい初恋が
いつの間にか自分の中で美しい絵物語として虚構されて
その想い出に昂った一時の感傷を
愛だと思い込んでいるのではないだろうか・・・


今度こそ本当の恋を掴めと私に背を向けた雅也。
あの時と同じ間違いはしたくないと私を抱きしめた勇人。
そんな二人の感情に私の心は木の葉のように揺さぶられ
ただ流されているだけなのではないだろうか・・・


見えなくなる私の真意。私の思い。


私はどうしたいのだろう。どうすればいいのだろう。


それを見極めるためにひとりになって考えてみたかった。
そうしなければ先へは進めないと思ったからだ。

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