二重人格三重唱
 横瀬駅から吾野駅まではトンネルだらけだった。
その度に明と暗を繰り返す車内。


何とも言えない、独特の通過音。

トンネルに入る度身が縮む香。

それでも凝視を止められない……


何処かで会ったことがある人なのか?

それとも、ただからかいか?


本当なら恥ずかしがり屋の自分。

何故こんなに真っ直ぐに見つめ返せるのかも不思議だった。




 孝は東京にある大学の三期生で、池袋駅の少し手前にある江古田駅近くに下宿していた。

昨日は父親の看病で秩父の実家に泊まり、直接大学へ通うために乗車していたのだった。


父親は孝の実兄と二人暮らしだった。

母親を早くに亡くした兄弟はとても仲良く、父親思いの息子達だと有名だった。

そんな二人もそれぞれの都合があって、父親の面倒は交互に診ると決めていた。

少しだけでも、出来るだけ傍に居たい。
孝はそう思っていた。
だから孝は毎土日、秩父へ帰っていたのだった。




 香と孝の出会い。
それは正に運命の悪戯だった。

実は孝は、香の双子の姉・薫の高校時代の部活の先輩だったのだ。


そうとも知らず香は乗り込んだ電車の中で孝を探し求めた。
あのエロスに満ちた視線がどうしても忘れられなかった。


何故なのだか香にも解らない。
ただひたすらあの視線が恋しかった。

西武秩父駅の改札口で待ち伏せしたくて、早く起きて逆方面に乗り込もうかとも考えた。

ホンの一つ先に位置していた西武秩父駅。
でも一駅と言えどかなりの距離があった。
だから、バスで行くことも考えた。


あれこれと悩みながら朝になって、結局横瀬駅から乗る羽目になったのだった。


ジタバタしていた。
そんなことをして嫌われないかと心配していた。
だから……
かえって焦った。
そして時間に追われ、走る手しかなくなってしまったのだった。




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