二重人格三重唱
 陽子が足繁く通いつめるには理由があった。


それは仲のいい姉夫婦を観察することだった。


それはそれは羨ましくなるほどのラブラブカップルだったのだ。




 夏の花と秋の花が混在している道端。


それらに気を取られながら歩いいて行くと、目の前に広がるセメント工場。



下りきった所に白いガードレールの橋がある。
小さな川がその下をを流れている。


その橋を渡ると、下り坂が一転する。


暫く続く上り坂。
上りきった所には丁字路。

目の前の矢印看板には札所九番と武甲山。
そしてさっき降りた横瀬駅の名前。

陽子の姉の嫁ぎ先は、その少し手前にあった。


「あれっ何だろう?」

陽子は看板の上に気になる物を発見して近付いた。


「カワセミ? ……だよね? これ。やだ、何で今まで気づかなかったんだろ? 横瀬にいるの?」
陽子は暫くそれを見とれていたが、首を傾げながら姉の嫁ぎ先の堀内家に足を向けた。


陽子は懐かしそうに、ドアを開けた。




 「お姉さんいる?」
陽子はキッチンにいるはずの純子に大声で言った。


「此処の家の者は今留守にしてますが」
応対に出たのは堀内家の主・勝(まさる)の孫の日高翼(ひだかつばさ)だった。


翼は、玄関にいる陽子が眩しくて思わず目を閉じた。

陽子の美しさに目を奪われた。
それもあった。
でも本当の理由は陽子の後ろにあった。

太陽の光で陽子が輝いていたのだ。

それは正に後光。
翼は陽子の圧倒的な存在感で動けなくなっていた。


「あっ、君は翔(しょう)君だったっけ?」


「いえ、翼です」
そっけなく言う翼。
それが精一杯だった。




 翼は取り乱した自分の姿を玄関にある鏡で確認しながら、必死につくろうとしていた。


陽子は頭を下げながら謝った。


「結婚式の時、おば様翔君の自慢話ばかりしていたでしょう? 印象が」


「何時ものことですから」
翼は、努めて平然とした態度を取ってはいたが、内心ではドキドキが止まらなかった。




 それは陽子にも伝わっていた。


(ヤバい……。私ったら何てことを……)
陽子は翼の動揺は自分が名前を間違えたからだと思っていた。


(えーー!? 何で間違えたのだろう? 何時もおじ様の所に遊びに来るのは翼君だって知っているはずなのに……)

陽子は恐縮しながら翼を見ていた。



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