助手席にピアス
欲張りなことを思った時。
「おい真澄。俺の早百合から離れろ」
今まで聞いたことのない、低く重い朔の声が教室に響いた。背中に嫌な汗が、つうっと伝う。
俺が次に感じたのは、頬の熱い痛みと口の中に広がる鉄のような味。机と椅子をなぎ倒しながら床に尻餅をついた時、ようやく朔に殴られたことを理解した。
「おい、真澄! どういうつもりだっ! 説明しろ!」
温和な性格の朔が、ここまで怒りをあらわにしたのは、高校生活でこれが最初で最後だったと思う。それ程、早百合のことを大事にしていた朔を、俺は裏切ったのだと改めて痛感した。
でも俺は、朔に謝るつもりはなかった。謝ってしまえば、早百合への思いを否定することになる。
黙り込んだ俺のもとに朔が足を進めた時、目の前に早百合が立ちはだかった。
「朔太郎! やめて!」
「早百合? どうして真澄を庇うんだ!?」
早百合は涙声で言う。
「親友のふたりがケンカをする姿なんか見たくないよ!」
早百合の言葉を聞いた朔は、悔しそうに握り拳を作ると俺に背中を向ける。そして、早百合の手首を掴むと無言のまま、教室から立ち去った。
教室に残された俺は、早百合と交わした甘いくちづけを思い出し、朔に殴られた頬の痛みを噛みしめた。