助手席にピアス
甘くとろけるような、お泊りデートを心待ちにしていたのに、こんな最低な誕生日になってしまうなんて……。
助手席のドアを開けるまで鳴り響いていたサンバのリズムは影を潜め、今はお坊さんが唱えるお経が聞こえてきそう。
悲し過ぎる現実に直面した私はとうとう堪え切れなくなり、瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「雛子、頼むから泣かないでくれよ」
そう言われても、泣き虫な私が簡単に涙を止められるわけない。
だいたい、誰のせいでこんなことになったのよっ!
悲しみに覆われていた心が悲鳴を上げる。
とめどなく流れる涙を拭こうとバッグからハンカチを取り出そうとすると、亮介の長い指先が頬に伝わる滴をそっと掬い上げた。
ついさっきまで、浮気をしたかもしれない亮介のことを憎いとすら思っていたのに……。
亮介の体温を感じただけで、気持ちが百八十度変化した。
「亮介、本当にその矢崎さんって人を送っただけ?」
「あたり前だろ。俺が好きなのは雛子だけなんだから」
視線を逸らさずに瞬時に答えを返す亮介の様子は、涙で揺らめいた視界からでもハッキリと確認することができた。
亮介は浮気なんかしていない。私だけを愛してくれている。
そう確信しながらも、念には念を、と思ってしまう。