猫に恋する、わたし
彼がわたしの後ろに立っていた。
「な、えっ谷口さんと帰ったはずじゃ…、きゃ」
突然のことにあたふたしていると、腕をつかまれ、ぐっと力強く体が前に引っぱられた。
「ちょっと伊織君!どこ行くの?」
「俺の家」
「えっ谷口さんは?」
「知らね」
「知らないって、だって谷口さん」
「今日は愛菜の気分じゃないから」
「…」
「今日はあんたの気分」
木枯らしが吹く。
前を歩く彼のココナッツ色の髪が揺れている。
「伊織君」
「なに」
「それはお姉ちゃんが結婚するって聞いたから?」
答えは返ってこなかった。
わたしは口を閉ざした。
だって彼と抱き合えば、そんなこと聞かなくても分かっていたから。
あの写真も、ピンキーリングも。
時折見せる、悲しげな瞳も。
全部。
彼の気持ちがいっぱい、いっぱいわたしに伝わっているから。
キスはしない。
キスを求めれば、全てが終わる。
いいんだ、このままでも。
わたしといるこの時間だけ、彼がお姉ちゃんのことを忘れられるなら。
苦しいけれど、
彼のためならこの恋を失ってもいい。