嗤うケダモノ

 幸せって、いったいなんなんだろうな


永く生きるということは、徐々に感情を鈍らせていくことかも知れない。

だから儂は、答えられなかった。

遠い目をしてそう訊ねた息子に…
九尾に、幸せとはナニかを教えてやることが出来なかった。

過去、幾つもの大国を滅ぼして人々を苦しめたのは、確かに九尾の妖力だ。

言い訳はしない。

だが、言い伝えられているように九尾が人間に化けたことは、ただの一度もなかった。

彼は力を与えただけ。

幸せを願った人々に。

始めは、ささやかな願いだった。

貧困を抜け出し、幸せになりたい。
愛を手に入れ、幸せになりたい。
苦境に打ち勝ち、幸せになりたい。

だが、それが叶えば叶うほど、人々はさらに願った。

もっと裕福な暮らしを。
もっと条件のいい愛を。
苦境に陥れた誰かに復讐を…

そして遂に人々は全てを手に入れようとし、壊して、壊れて、不幸になった。

周囲を巻き添えにして。


「この馬鹿モンが!
何度同じことを繰り返せば気が済むんじゃ!
もう人間には関わるな!」


命が消滅し尽くした焼け野原に佇む九尾を、儂は叱りつけた。

彼がゆっくり振り返る。

くすぶる炎と立ち上る煙で、赤黒く染まった空を背景に。

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