めぐる季節、また君と出逢う
9. 初秋(6)
 どこにも身体をぶつけずに倒されたのが不思議なくらい小さなベッドが男二人分の体重に悲鳴を上げるようにギシッと鳴った。一際大きく鳴った心臓の音はそのベッドの軋みに掻き消されたけれど、トクトクと早い鼓動が駿太郎の体中を駆け巡って手首も足首も身体の中央部でもまるで高科の名を呼ぶように鳴っていた。今にも駿太郎の身体ごとを食いつくそうかと狙う獲物のような殺気にも似た欲望の塊だとその体中で語っているのに、高科は駿太郎に圧し掛かったまま動かない。駿太郎の頬に高科の濡れた髪が当たっていた。駿太郎は背中に回していた手を高科の頭にやる。髪が濡れているのを確めるみたいに二三度撫でて、駿太郎はまたその手を高科の背に回した。それを合図にしたように、高科はベッドを軋ませて身体を起こす。高科の背中に回した手が解けて高科の腕を掴んだ。高科自身の体重を支えているそれは筋肉で固かった。筋肉が少し動いて、高科は駿太郎の上にかぶさった。ツプリ、ツプリと高科の唇は駿太郎の唇の上で弾む。それからその唇は駿太郎の首筋を這った。駿太郎は思わずきゅぅっと身体を竦めた。高科は左手で器用に駿太郎のカーデガンのジッパーを下ろす。高科の長い中指はジッパーを下ろす指を支えるために何度か駿太郎の胸の上を走り、それは服の上からも駿太郎に語りかけるようだった。ジッパーが開いてしまうと、高科に借りた大きなシャツは深呼吸をするように撓んだ部分を広げて、駿太郎の細い身体はそのシャツの中で急に心もとなくなった。きっと高科の左手の中指はそんな話を駿太郎の身体としていたのだ、不安げな駿太郎の身体の声を聞いたみたいに、シャツの裾の方からすっと入り込んで駿太郎のわき腹をその細さを確めるみたいに何度も何度も摩った。高科の大きな手が駿太郎のわき腹を這い、その手がそっと脇の下ぎりぎりまで差し掛かると、駿太郎は反射的に小さく跳ね、小さな声で自分が思いもしないことを訴える。高科の手は駿太郎の小さな声をきちんと拾い上げて、宥めるように、語りかけるように、挑むように、何度もわき腹を摩っては駿太郎に小さな声を上げさせた。その間中、執拗に首筋と耳を散歩していた唇が離れると、高科は急に起き上がり駿太郎が着ているシャツをカーデガンごと捲った。その性急さは、彼の愛撫とはまるで別人のようで、駿太郎は高科を何となく可愛いと思えて笑ってしまった。そんな姿が余裕のある男に見せたのだろうか。高科は駿太郎をねめつけて、上半身を脱ぐために起き上がった駿太郎をもう一度ベッドに押し付けると、今度は遠慮のない様子で駿太郎の体中に口付けはじめた。
 けれど、彼の唇がどこか駿太郎の声を誘う度に、彼の唇はその乱暴さを失って、また何かを問いかけるか語りかけるかするように優しくなって、時にその声を誘おうと挑み、そして宥め、口づけを繰り返す。そうしているうちに駿太郎も、言葉ではなく語りかけ問いかける高科の息苦しそうな吐息を吐く唇に答えるように、高科の首に、高科の腹に唇を寄せた。その唇の行く先を、あるいは行った後を指でなぞりながら、高科という地図を辿る。唇も、手も、体中も、お互いに弄(まさぐ)りながら、擦れあって、昇り詰めようとするお互いを押し上げていた。小さな訴えも、吐息も、喘ぎ声も、くぐもったり掠れたりしながら、ベッドの軋みや、ベッドシーツと蒲団カバーと高科が持ち込んだバスタオルの擦れる衣擦れと共に、何もかもが一緒くたになって二人をどこかへ追いやろうとしているみたいだ。渦巻きの中に放り込まれた駿太郎も高科も、堕ちるのか昇るのか分からないその渦の中で飢(かつ)えた獣と化した相手を宥めて挑発してどこへとも分からない場所への地図をずっと辿り続ける。
「──…こ、こ?ここが──イイの?」
 吐息の混じったその低い声は駿太郎を余計によがらせる。羞恥心を手放して駿太郎は「いい、そこがいい、すごくいい」と何度も訴える。そうして素直に何もかもを明け渡しているのに、高科は何もかも分かった上で意地悪く駿太郎を嬲った。もう少しなのに届かない、もう少しなのに。駿太郎は焦らされる快感を掴み損ねるたびに、求めて、求めて、求め続けて得られない切なさを味わい尽くして、「もう、いい…」と諦める頃になると、その気持ちを見透かしたように高科は駿太郎のいいところを外す事無く射た。
 そうして何度か嬲られている内に駿太郎は何もかもどうでもよくなった。何もかも放り出して、手放してしまいたい。辛い。苦しい。いらない。お願い。自分を穿つこの男が、自分の中で無くなってしまえばいい。溶けるのでも、はじけるのでもいい。燃え尽きるなら燃え尽きたらいい。でも、彼はいなくならない。駿太郎の上で、駿太郎を求めて、駿太郎を壊そうとしている。駿太郎の身体の奥底にあるすべてを掻き出してやろうとするみたいに、駿太郎を穿つ。二人は、幾度も、幾度も、果てしなく求めて、手放す。

 そうして何度目か二人が尽きた時、高科は駿太郎を抱いていた腕を解き、ベッドを軋ませて半身を起こすと、またパタリと駿太郎の上に倒れこんだ。駿太郎の肩と腕を挟みこむように腕を置いて、顎を少し傾けると、駿太郎の耳に噛み付いた。力尽きたように耳を放すと、駿太郎の耳元で高科の上がった息がはぁはぁと聞こえた。「ギブ・・・アップ・・・」と高科は切れ切れに言う。(それは…こっちの台詞…!)とっくに、ギブアップだ、だけれど、駿太郎のその叫びは少しも声にならない。


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