時の彼方に君がいた
*****


「ただいま」


家の扉を開けて中に入ると


いつも通りの沈黙が返ってきた。


無造作に靴をぬぎすてる。


そのまま部屋へ行こうとしたが


後で兄に説教されるのも面倒だと思い直し、自分のローファーだけ綺麗に揃えて隅に置いてみた。


姉のサンダルやらパンプスやらは


ぶつくさ言いながらも兄が片付けるだろう。


単調なテンポで足を動かし


階段をのぼり


僕は一番手前にあるドアノブを回した。


部屋の中に入るとすぐに


去年兄に譲ってもらった中古のCDプレーヤーに手を伸ばす。


緩やかに流れ始めたのはピアノの音。


ドビュッシーの『月の光』。


僕はクラシックの曲などまず聴かないのだが、この曲だけは別だった。


勉強用の回転椅子に腰掛けて


静かに目を閉じる。


今日一日の記憶がぼんやりと


僕の脳を巡った。








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