時の彼方に君がいた
入学したての頃は


男女問わず人気者の水野とは


同じクラスに所属していること以外で


特に接点など


生まれないだろうと思っていた。


しかし、一年一学期の家庭科の


調理実習で同じ班になって以来


僕は何故か水野に気に入られたらしく


よく話しかけられるようになった。


はじめの頃はおどおどして


ろくに返事も出来なかったが


慣れて会話ができるようになると


男子と話すことなどまずない僕にとって


水野は一番仲の良い男子になった。


真っ直ぐに見つめてくる大きな瞳には


未だにドギマギするけれど


今では軽口もたたきあえる友達だった。


「会話の内容すら覚えられてないなんて、俺って藤音の何なの」


「……さぁ」


生物の宿題見せて下さい


わたしもまだやってないです


と何度交わしたか分からない


会話を繰り返す。


「水野ぉ、お前何藤音さんと仲良くしてんだよ。俺らもまぜろ」


上から声が降ってきた。


調子の良い男子たちが


水野の机にやってきて


その中の一人が水野の首に腕をまわし


げんこつで頭をぐりぐりした。


「痛ってぇよ、つか重たい」


水野が顔を引きつらせて


椅子の上で暴れる


まぜろ、と言いながら


あっさり水野だけ回収して


少年たちは僕の前でじゃれ合い始めた。


作りかけていた笑顔の


欠片を頬に貼り付けて


僕は小さく息を吐いた。


賑やかな教室の中、


一人でぽつんと座っていると


僕の視線は自然と


窓際の一番前の席の方に吸い寄せられる


何故かそこには


騒がしい日常から


隔絶されたような空間があり


たった一人でそこにいる少年は


いつも窓の外を


ぼおっと眺めていた。


その背中は楽しげでも悲しげでもなく


ただぼんやりと空を見ているのだった。


僕は彼の横顔を見つめていると


明るい教室の中にいるのに


薄暗い水族館で


青白い光に照らされた水槽の内に


ゆらゆら漂う


半透明なクラゲを見ているような


気分になる


その光景はあまりに綺麗で


簡単に触れられそうなほど


近くにあるのに


手をのばせば、透明なガラスに


はばまれる。


騒がしい教室の中で


確かに彼も自分と同じように


呼吸をしているはずなのに


彼の呼吸音は


水の中を漂うクラゲのように


ふわふわとしていて、曖昧で。


たぶん、クラスメートの誰も


彼の息遣いを捉えた者はいないだろう。


でも、僕は彼のまわりに水の流れを感じる。


よどむことのない光を吸いこむ


水の音を感じるのだ。








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