box of chocolates
ごめんね…
この三連休は、店が忙しかった。八潮さんのことも、貴大くんのことも考えたくなかった。考えれば考えるほど、迷いこみ、わからなくなった。

 月曜日の夜。仕事を終えて、すぐにシャワーを浴びた。なんにも食べずにこのまま寝ようと思った。部屋に戻って、閉まったままのカーテンをそっと開けると、夜空にキラキラと星が瞬いていた。しばらく夜空を眺めていると、一台の車が、マンションの駐車場に停まった。見覚えのある車を目にして、私は慌てて服を着替えて、外に飛び出した。

 彼は、運転席でスマホをみつめていた。でも、操作している様子はなく、ただただみつめているだけだった。コンコンと運転席の窓を叩くと、彼は大きな目をさらに大きくして、慌てて助手席のドアを開けた。私は、黙って乗りこんだ。
「部屋から車が見えたから」
「ごめん。急に来て。電話しようか、どうしようか、迷っていて……」
 私は、口を閉ざして俯いた。どうして何日も連絡をくれなかったのか、気になりながら。
「杏ちゃん、仕事で悩んでるみたいだけど」
「あっ、あれは」
 咄嗟についた嘘だ。
「どういう言葉をかけてあげたら良いか、わからなくて。メールもこないし、どうしたら良いんだろう? って、自分なりに考えて」
 私は、ゆっくりと貴大くんのほうに顔を向けた。貴大くんは、私を包みこむようなやわらかい視線を向けていた。

「オレ、メーンレースで他の馬に乗って、ミユキヒルメに勝ったよ。絶対に負けたくないと思っていたんだ」
 貴大くんの笑顔に、胸がギュッと締め付けられた。
「オレも、少しずつだけれど勝ち星を重ねて。今年は今までにない良い成績なんだ。だから、杏ちゃんも」
 貴大くんがメールをしてこなかったのは、私が仕事で悩んでいると思って、遠慮していたようだった。私は、何も言えずに貴大くんの目をじっと見ていた。
「オレが頑張って結果を出せば、杏ちゃんも頑張れるかと思ったんだけどな」
 私は、最低な人間だ。自分のことしか考えていなかった。貴大くんに心配をかけておいて、八潮さんからの言葉に心が揺らいでいたなんて。
「オレ、杏ちゃんのために何をしてあげたらいい?」
 私は、何も言わずにそっと貴大くんの手を握った。その手は、今日も温かくて、なんだかほっとした。

< 100 / 184 >

この作品をシェア

pagetop