box of chocolates
 フランス料理を食べながら、八潮さんの父を中心とした会話が続いた。だいたいがお菓子に関する話で、私もすごく勉強になった。ひと通り食事が済み、食後のコーヒーが運ばれてきた時だった。
「浩輝は三十路を過ぎても、まだフラフラ独り身なんですよ。困ったもんです」
 突然、八潮さんの父が切り出した。
「どうやら、お嬢さんに惚れているようで。杏さん、うちの浩輝はどうかな?」
 まさか、八潮さんの父からそんなことを言われると思っていなくて、目を丸くした。とりあえず笑ってごまかそうとした時、両親の顔を交互に見た、八潮さん。
「私は、杏さんと結婚を前提にお付き合いしたいと思っています」
えっ? 何を言っているのかわからない。
「私としては、浩輝くんと仲良くしてもらいたいのが本音だけれど」
「でも、杏には……。浩輝さんには申し訳ないけれど、心に決めた人がいるんです」
 母が遠慮がちに、でもはっきりと、私に好きな人がいることを八潮さんのご両親に告げた。
「ですが。騎手は危険な職業ですよ? それは、ご両親が一番わかっているはずです」
 八潮さんにそう言われ、私も母も返す言葉がなかった。
「杏の心に決めた男性は騎手なのか?」
 父の鋭い視線が私に突き刺さった。
「以前に、御幸サブロウさんの馬の手綱を握っていた騎手です。トラブルがあって降ろされましたが」
「トラブルか……」
 八潮さんのひと言に、父は渋い顔をした。
「ただの交際と、結婚を前提にした交際とは、また別の話でしょう?」
「オレは、君を哀しませるようなことはしない。真剣に考えてくれないかな?」
 返事はしたくなかった。考える気なんて、さらさらなかった。
「あの。今日は、新年会じゃないんですか? 私たちの話は……」
 なんとか話題を変えたくて、遠慮がちに切り出した。
「杏さん、これからうちの店と川越さんの店で協力しあって、洋菓子界を盛り上げようとしている。いずれはお父さんの跡を継ぐならば、うちの店との繋がりを大事にしたほうが良いんじゃないかな?」
だからって……。それとこれとは別の話じゃない? ここで反論したところで良いことは何もない。私は口を閉ざし、新年会と言う名の食事会が終わるのを、じっと待っていた。






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